このブログを読んでいる皆さんは、きっと毎日のようにピアノの練習をされていて鍵盤にも慣れ親しんでるので、特に不思議とは思わないのかもしれませんが、あらためてピアノの鍵盤を眺めていると、色々と疑問が湧いてきます。
例えば、以下のようなものです。
・ピアノの鍵盤には白鍵と黒鍵があること
・大きさが異なっていること(白鍵が大きくて黒鍵が小さい)
・ドとミの白鍵の間に2つ黒鍵があり、ファとシの白鍵の間には3つの黒鍵があり、一見無秩序に白鍵と黒鍵が配置されているように見えること

今回はそんな「ピアノの鍵盤配置の不思議」について考えてみたいと思います。
以前「1オクターブとは?何音?〜ピタゴラス音律の計算〜」と題してブログを掲載しましたが、その中で「ある音から、その音の2倍の周波数までの範囲を1オクターブと言い、それらは12の半音から構成されている。そして現在は隣り合う音の周波数比はどこも1.0594631(2の12乗根)となる平均律で調律されている」と書いていたのを覚えていますか?
つまり、ドの白鍵と隣のド♯の黒鍵との周波数比は1.059であり、ミとファの隣り合った白鍵同士の周波数比も同じように1.059となっており、黒鍵であろうと白鍵であろうと隣り合う鍵盤同士の周波数比は全て同じに調律されています。
ということは、まさにどの音も平均律上同じ価値を持っているはずなので、なにも鍵盤の色や大きさに差をつける必要はなく、極端なことを言えば1オクターブを平等に全て白鍵で並べても良いはずです。
でも、ピアノの88鍵が全て同じ色、同じ大きさの鍵盤で構成されていたらどうでしょう?
どこがドなのか、ソなのか全くわからず、鍵盤を睨んで呆然としたまま一音も弾けなくなってしまうでしょう。
そこで、一目で音の位置がわかるような工夫が必要となり、色を変えた鍵盤(黒鍵)を間に挟むことで解決しようとしたと言われています。
どのように黒鍵を白鍵の間に挟んだら、一目でかつ直感的に音の位置がわかるようにできるか、長い時間(一説には約700年)をかけて、様々な試行錯誤があったようです。
また、人間の脳というのは不思議なもので、均等ではなくてやや不規則なパターンの方が正しく覚えやすいという性質が有ります。
一つの例を挙げますと、アメリカのある自動車工場のエンジン製造ラインの工程では、2台続けて同じエンジンが流れてくることはないそうです。これでは生産効率が悪くなると思われるでしょうが、むしろこのやり方の方が生産効率は高かったそうです。敢えて1台ずつ異なるエンジンを不規則な順番で流すことで、作業員の集中力が上がり、思い込みのミスが大きく減少した結果、高い生産効率が達成されたと言われています。
まさに、現在のピアノの鍵盤の配置の場合も、私たちの集中力を高く維持し、直感的にそれぞれの高さの音の位置を正確に把握できるようにするため、現在の一見不規則に見えるけど絶妙なパターン(例えばドの位置は常に2つの黒鍵の左側にある)の鍵盤配置に落ち着いたと考えられています。
次に問題になるのは、鍵盤の大きさと手の大きさとの関係です。
楽曲が高度になればなるほど、離れた距離の音を同時に弾いたり、離れた距離の音への移動を繰り返すようになります。
ちなみに、仮に白鍵の幅(標準寸法では23mm)の鍵盤を1オクターブ(12音)分並べると、23mm×12=276mmになります。
一方、手を広げた時の親指から小指までの長さの平均は、成人外国人男性で226mm、成人外国人女性で201mmだそうです。(日本人は外国人平均より約20~30mm小さい)
つまり、黒白の鍵盤を同じ大きさで横に並べてしまうと、1オクターブ高い音を同時に弾いたり、移動したりすることが極めて困難になることがわかります。
そこで、黒鍵を白鍵の奥の方に割り込むような配置とし、かつ黒鍵の幅を約10mmに狭くしても隣の音と同時に打鍵することがないよう少し白鍵より浮き上がらせるという工夫を加えました。
これにより1オクターブの距離は160~165mmに収まり、片手で同時に打鍵することも可能となり、作曲上のフレキシビリティもあがりました。
以上のように、現在に受け継がれるピアノの鍵盤の配置や大きさは、一言で言えば「誰もが指で演奏し易い形を追求した結果」であると言えるでしょう。
皆さんも、「鍵盤って変な配置で弾きにくいな」などと思わず、むしろ「合理的な理由のあるものであること」を理解し、演奏に役立てていきましょう。